未来技術観測所FUTURE TECHNOLOGY OBSERVATORY
OBSERVATION NOTE / 時間と空間

量子テレポーテーションって、本当に「瞬間移動」なの?

人は飛ばない。でも、量子の「状態」は移せる。衛星を使った約1,400kmの実験から、街の光ファイバーまで。SFみたいな名前の、その中身をのぞいてみましょう。

30 SECONDS / まず、ここだけ

人や物を飛ばすのではなく、遠くにある別の粒子へ「量子状態」を移す。

  • 2017年には、地上から衛星へ最大約1,400kmの転送実験が報告された。
  • 先にペアを分けて持つ。測定した結果は、普通の通信で知らせる。
  • 目指す先の一つは、人の移動よりも、量子の機器どうしをつなぐネットワーク。
この記事の目次
  1. まずは、4コマで見てみよう
  2. 1コマ目の「特別なペア」が、量子もつれ
  3. 星をコピーして送っている、と思っていい?
  4. スマホで何を送っているの?
  5. え、じゃあ光より速く通信できる?
  6. 本当に衛星まで、送れたの?
  7. 1,400kmの次が14.4km? 距離が短くなってない?
  8. では、もう自由に使える量子インターネット?
  9. 人間の瞬間移動には、つながらないの?
  10. 観測所の「ほぇ〜ポイント」
  11. 今回の観測結果
  12. 原論文・出典

「テレポーテーション」と聞いたら、想像しますよね。

ここにいた人がふっと消えて、遠い場所に現れる。電車も飛行機も要らない、あの瞬間移動です。

でも量子テレポーテーションで移すのは、人でも荷物でもありません。

量子の「状態」です。 1

しかも、名前だけがSFなのではありません。2017年には、地上から人工衛星へ、最大約1,400kmの量子テレポーテーションが報告されています。3

「状態だけを送るって、どういうこと?」

まずは、そこから見てみましょう。

まずは、4コマで見てみよう

オレンジの目印が送る人。青い目印が受け取る人です。

移したいのは、小さな粒子が持つ「状態」。漫画では、それを星の模様にたとえてみます。人や玉そのものが、遠くへ飛んでいく話ではありません。

送る人、受け取る人。何をする?
送る人と受け取る人が、二つの青い玉をペアとして準備している。
1 / 先に、ペアを用意

送る人「このペアを、一つずつ持っておこう」

特別な関係にある二つの粒子を用意して、離れた場所に分けて持ちます。

送る人が、星の付いた黄色い玉と、ペアの片方の青い玉を装置で一緒に調べる。
2 / 手元の二つを、一緒に測る

送る人「この二つを、一緒に測るね」

送りたい状態を持つ粒子を追加。決まった操作をしてから、二つを共同測定します。元の状態は、そのまま残りません。

別々の場所にいる二人がスマホで連絡する。受け取る人は、まだ操作を待っている。
3 / 結果を、普通に連絡

送る人「測った結果を送るね!」

伝えるのは、どの操作をすればよいかを決めるための結果。普通の通信が届くのを待ちます。

受け取る人が装置を操作すると、自分の青い玉に同じ星の模様が現れる。人は移動していない。
4 / 届いた結果で、操作する

受け取る人「この結果なら、こう操作すればいいんだね」

理想的な手順では、手元の粒子が、最初に送りたかった状態になります。

玉と星は、粒子と量子状態を見分けるためのたとえです。実際に模様を読んで送る仕組みではありません。スマホは普通の通信のたとえ、人物や装置はAI生成のイメージです。 [1] [2]

ここで大事なのは、準備したペアと、普通の連絡。その両方を使うところです。

測っただけで終わりでもなければ、説明書をメールで送るだけでもない。二つの仕組みがそろって、状態を移せるんですね。1

1コマ目の「特別なペア」が、量子もつれ

聞き慣れない言葉ですが、漫画の1コマ目に戻ってみてください。二人が一つずつ持つために用意したペア。ここで使うのが、量子もつれという関係です。

二つをまとめて一つの量子状態として扱う必要があり、測った結果に特別な結びつきが現れます。「ただ同じ物を二個用意した」というだけでは、この役目を果たせません。2

ただし、見えない電話線があるわけでもありません。だから3コマ目で、別に連絡をしているんです。

星をコピーして送っている、と思っていい?

漫画ではそう見えますが、ここだけ少し補足です。

量子状態は、何を測るとどんな結果がどれくらい出そうかを表すもの。目で見て読み取れる星や文字とは違います。

この手順では、送りたい状態の中身を全部読み取って、説明書にする必要がありません。中身を知らなくても、状態を移せるところが面白いのです。1

そして、元の状態は測定の過程で変わります。元を残したまま、同じ未知の量子状態を二つに増やすことはできません。2

スマホで何を送っているの?

漫画のスマホは、普通の通信を表しています。基本手順で知らせるのは、0と1を二つ並べた2ビットです。2

受け取る側は、その結果から、自分の粒子にどんな操作をすればよいかを決めます。

たった2ビットで足りるのは、それだけで状態の設計図を送っているからではありません。1コマ目で分けて持った、特別なペアも使っているからなんですね。

え、じゃあ光より速く通信できる?

できません。 3コマ目の連絡が届くまで、受け取る側は必要な操作を決められません。この普通の通信は、光速を超えられないからです。2

もつれだけで、好きなメッセージを相手へ即座に届けることもできません。「テレポート」という名前でも、移動時間ゼロの通信ではないのです。

本当に衛星まで、送れたの?

2017年のRenらの研究では、中国の量子科学衛星「墨子号(Micius)」を使いました。地上から衛星へ移したのは、単一光子の偏光の量子状態です。3

光子は光のひと粒。偏光は、光の振動の向きなどに関わる性質です。

実験した地上―衛星間のリンクは、最大約1,400km。ただし、これは衛星の高さが1,400kmという意味ではありません。地上局と動く衛星を結ぶ、通信経路の距離です。3

遠くへ光子を届けるときには、途中で光が失われることが壁になります。宇宙を経由する方法は、経路の多くを真空中にできる点が期待されています。3

2017年の地上から衛星への実験は最大約1400km。2024年の都市光ファイバー実験は回線長14.4km。異なる課題の実証例。
二つの実験例の比較。箱の大きさは距離に比例しません。最大距離の更新順や、現在の世界記録を表す図ではありません。 図の根拠:[3] [4]

1,400kmの次が14.4km? 距離が短くなってない?

数字だけなら、そう見えますよね。でも、次の研究は別の課題に挑んでいます。

2024年のKuceraらの研究では、ドイツの街に敷設された、長さ14.4kmの光ファイバーを使いました。イオンの量子メモリに用意した量子状態を、遠くの光子へ移す実験です。4

イオンは電気を帯びた原子などのこと。量子メモリは、量子状態を保っておく仕組みです。

この実験の面白さは、街の中にある回線で、量子の機器をつなげるかという点です。距離の記録だけを競っているわけではありません。

使ったのは、普段のデータ通信に使っていない線、いわゆるダークファイバー。光の状態の変動を補う仕組みも組み合わせています。「いつものネット回線にそのままつなげば完成」という段階ではないんですね。4

では、もう自由に使える量子インターネット?

ここで紹介した二つの研究は、特定の測定結果や検出された事象を選んで、転送の成り立ちを確かめた実験です。4コマで見た理想的な手順を、毎回確実に動く通信サービスとして完成させたという意味ではありません。3 4

それでも、離れた量子コンピューターや量子メモリをつなぐための、一つの部品候補にはなります。3 4

今のネットで写真や文章をやり取りするように、量子の機器どうしで量子状態をやり取りしたい。そのために、状態を渡す方法や、途中の損失にどう対応するかを研究しているわけです。

人間の瞬間移動には、つながらないの?

今回の成果が示したのは、選んだ量子状態の転送です。体を丸ごと運んだり、向こう側で人を組み立てたりした実験ではありません。

「粒子の状態を移せるなら、そのうち人も」と考えたくなりますが、扱っている対象も、必要な仕組みも大きく違います。

SFの夢との距離は、二段に分けると見やすくなります。

  • 量子情報の転送:★★★☆☆。衛星や都市回線で実験がある。
  • 人や物そのものの瞬間移動:ここで扱う研究では未実証。

星は、観測所が量子情報の転送について付けた目安です。実現確率や、人間を転送できるまでの残り年数を表してはいません。

観測所の「ほぇ〜ポイント」

SFみたいな名前の技術が、通信の部品として研究されている。理論の提案は1993年。名前を聞くと未来の魔法のようですが、研究は30年以上続いています。「人を飛ばせる?」から「量子の機器をどうつなぐ?」へ視点を変えると、宇宙や街で行われている実験が、一つの未来につながって見えてきます。

似たSFの名前でも、ワームホールの実験が調べていたことはまた違います。名前と研究の中身を並べると、科学のニュースはもっと面白く読めます。

OBSERVATION / 今日分かったこと

今回の観測結果

量子状態は転送を実証

対象:量子情報の転送。人や物の瞬間移動とは区別。

衛星や都市の光ファイバーを使った実験があります。光より速く情報を送る仕組みではなく、誰でも使える量子インターネットが完成したという意味でもありません。

観測所の編集上の整理です。実現確率や完成予定年を示す指標ではありません。
SOURCES / 確かめる

原論文・出典

気になった研究は、ここからたどれます。

いつの、どんな研究?1993年の理論提案、2017年の地上―衛星実験、2024年の都市光ファイバー実験を紹介します。距離は各研究の実証例で、現在の世界記録を示すものではありません。
  1. Bennett et al.|Teleporting an unknown quantum state via dual classical and Einstein–Podolsky–Rosen channels

    Physical Review Letters、1993年3月29日。出版社の要旨・書誌情報を確認。もつれたペア、共同測定、古典通信を組み合わせる原提案。

  2. IBM Quantum Learning|Quantum teleportation

    公式教材の説明・手順を確認。3量子ビット、2ビットの測定結果、受信側の操作、複製との違いを参照。漫画は理想的な基本手順を説明するたとえ。個別実験の装置や、粒子の実際の見た目を描いたものではない。

  3. Ren et al.|Ground-to-satellite quantum teleportation

    Nature、2017年、DOI: 10.1038/nature23675。著者公開PDFの要旨・実験説明を確認。単一光子の偏光状態、地上―衛星リンク最大約1,400kmを参照。検出した事象を選び、測定結果に応じた補正をデータ解析で扱う実証である。

  4. Kucera et al.|Demonstration of quantum network protocols over a 14-km urban fiber link

    npj Quantum Information、2024年9月14日。公開本文の要旨・実験・結果を確認。Becherは共著者。14.4kmのダークファイバー、イオンから光子への転送を参照。測定で区別できた結果ごとの条件付き評価で、毎回確実に転送する商用回線の実証ではない。

  5. Kucera et al.|都市光ファイバー実験の著者公開版

    2024年4月公開のプレプリント。公開HTMLの実験・結果(III.2)を再確認。ドイツの都市回線、イオンから通信波長の光子への転送、区別できる二つの測定結果ごとの評価を参照。出版版とは別の公開版として案内。

更新記録

— 3点の図解つきで掲載。同日、顔のない人物の4コマへ改稿。出典の再照合で都市回線実験の著者公開版も追加し、条件付きの評価を確認。

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