未来技術観測所FUTURE TECHNOLOGY OBSERVATORY
OBSERVATION NOTE / 時間と空間

ワームホールを作ったって本当? 実験室に「宇宙の近道」はできたの?

入口をくぐったら、遠い星へ。「量子コンピューターでワームホール」という研究は、そんな夢の第一歩なのでしょうか。何をしたのか、一緒にほどいてみましょう。

星空に浮かぶワームホールを描いたSFイメージ
AI生成のイメージ。観測写真ではありません。
30 SECONDS / まず、ここだけ

宇宙の入口を開いたの? 実は、実験したのは「情報の伝わり方」。

  • 量子コンピューターで、情報がどう伝わるかを調べた研究。
  • その動きが、ワームホールの理論に似ていると報告された。
  • 面白いのは、小さな実験装置から時空のしくみを考える発想。
この記事の目次
  1. そもそもワームホールって、何?
  2. で、コンピューターでは何をしたの?
  3. 小さな装置の話が、なぜ宇宙の話になるの?
  4. じゃあ、本当にワームホールと同じ動きなの?
  5. これで人間も通れるようになる?
  6. 観測所の「ほぇ〜ポイント」
  7. 今回の観測結果
  8. 原論文・出典

「ワームホールを量子コンピューターで作った」

そんな話を聞いたら、想像しますよね。研究室の壁に穴が開いて、その向こうに知らない星空が見える。ちょっと手を伸ばせば、別の銀河に届くのかも、と。

でも、2022年のこの実験で動いたのは、宇宙船でも人間でもありません。

量子コンピューターの中で伝わる、情報です。 1

「じゃあ、どうしてワームホールって呼ぶの?」

そこが、この研究の面白いところです。

そもそもワームホールって、何?

遠い場所へ行くとき、ふつうは、そのあいだの道を進みますよね。

もし離れた二つの場所を、短い橋で直接つなげたら? いつもの道を通るより、ずっと近くなるかもしれません。

ワームホールは、そんなふうに離れた時空をつなぐ橋として考えられています。「時空」は、場所と時間をひとまとめにした言葉です。1

宇宙に近道? 4コマで見てみよう
二人が長い紙の両端にあるオレンジと青の点を見て、首をかしげている。
1 / いつもの道だと、遠い

オレンジの人「この端から向こうの端まで、近道できないかな?」

紙の上に、離れた二つの場所を描いてみます。紙の上を進むなら、その間をずっとたどることになります。

オレンジの人が紙をU字に曲げ、近づいた二つの端を青い人が指して驚いている。
2 / 二つの場所を、直接つなげたら?

青い人「ここをつなぐ通路があったら、近そう!」

紙を曲げると、離れた点を近づけて想像できます。ワームホールの「近道」を考えるたとえで、宇宙に通路を作る手順ではありません。

二人が研究用の画面を見ている。画面にはチップの記号があり、一人が操作している。
3 / 実験したのは、情報の動き

オレンジの人「じゃあ研究室では、何を調べたの?」

2022年の研究では、量子コンピューターで情報の伝わり方を測りました。部屋に人が通れる穴が開いたわけではありません。

一人がチップの記号の付いた資料、もう一人が曲げた紙を持ち、疑問符や小さなきらめきとともに話し合っている。
4 / 実験と理論を、照らし合わせる

青い人「その動きが、ワームホールの話につながるの?」

研究チームは、理論で予想される特徴と合う部分を報告しました。どこまでワームホールとして解釈できるかは、議論になっています。

人物・紙・装置は、説明のためのAI生成イラストです。紙は時空の実際の形を表すものではなく、画面やチップは実験装置の再現ではありません。実験の説明は2022年の発表、解釈の議論は2023年の資料に基づきます。 [1] [3] [5] [6]

紙の二つの点が近づいても、それだけでは通路はできません。離れた場所を結ぶ橋が本当にあるか、人が通れるか。 そこは、たとえの先にある研究の問題です。

で、コンピューターでは何をしたの?

漫画の3コマ目を、もう少し詳しく見てみましょう。

Googleの量子プロセッサー「Sycamore」を使い、同じ装置の中に、小さな実験対象を二つ用意しました。量子の性質を使って調べるこうした対象を、ここでは「量子系」と呼びます。

二つの量子系に操作を加えると、情報はどう伝わるのか。その動きを測ったところ、ワームホールの理論で予想される特徴と合う部分があった、という報告です。1 3

つまり、「コンピューターの画面に宇宙の穴を描きました」という話でもありません。実際の量子系を動かして、測っています。

同じ量子プロセッサー内の二つの量子系で情報の伝わり方を測り、ワームホールの理論と照合する。
実験と解釈の関係を簡略化した図。量子回路の配線図ではなく、宇宙船や物体が通る通路でもありません。 図の根拠

小さな装置の話が、なぜ宇宙の話になるの?

ここで、ちょっと不思議な考え方が出てきます。

同じ物理を、まったく違う二つの言葉で説明できるかもしれない。

片方は、量子のふるまいで書いた説明。もう片方は、重力や時空で書いた説明。この対応を研究する考え方が「ホログラフィック双対性」です。3

たとえば、同じ場所を「路線図」と「地図」で見ると、見た目は違っても、駅のつながりを照らし合わせられますよね。あくまで説明のたとえですが、二つの記述を行き来する感覚はそれに近いものです。

もし量子側で測ったことが、時空側の理解にも役立つなら。手元の装置が、宇宙のしくみを考える手がかりになるわけです。

じゃあ、本当にワームホールと同じ動きなの?

ここは、研究者のあいだでも議論があります。

今回使ったのは、扱いやすいように簡単にした小さなモデルです。研究チームも、それが重力側のどんなモデルと厳密に対応するかは分かっていないと説明しています。3

2023年には、「その特徴だけで、重力とのつながりを言ってよいのか」という批判が出ました。元のチームは、「実際に行った手順と、情報が伝わる時点を見れば、解釈を支える性質がある」と応答しています。5 6

4コマ目で二人が見比べているのも、この部分です。測れた動きは何か。その動きを、どう説明するか。

この二つを分けて読むと、議論の場所が見えてきます。

これで人間も通れるようになる?

今回の実験で、人や物が通れる時空の穴が開いたわけではありません。1

理論にも条件があります。関連するGaoらの研究は、特定の時空と、両側を結ぶ相互作用を考えたものです。好きな場所に入口を置ける装置の設計図ではなく、そのモデルでは原因と結果の順序を破ることもできないとされています。4

ですから、この成果だけをもとに「あと何年で星へ行ける」と予定を立てることはできません。

観測所の「ほぇ〜ポイント」

宇宙の大きな問いを、小さな装置で考える。ここが面白いと思うんです。宇宙の近道を作る話として読むと、まだ遠い。でも、手元で測れる量子の動きが、時空を理解する手がかりになるかもしれない。研究室の小さな実験と、宇宙の大きな謎がつながって見える研究です。

空間の近道に興味が湧いたら、次はワープの話へ。こちらは「橋を架ける」のではなく、船のまわりの空間を変える発想です。

OBSERVATION / 今日分かったこと

今回の観測結果

理論・基礎研究

対象:人や宇宙船が通るワームホール

取り上げる資料が示すのは、理論モデルと量子系の実験です。人が移動できる時空の通路を作ったという成果ではありません。

観測所の編集上の整理です。実現確率や完成予定年を示す指標ではありません。
SOURCES / 確かめる

原論文・出典

気になった研究は、ここからたどれます。

いつの、どんな研究?2022年の研究発表と2023年の解釈をめぐる議論を扱う入門編。最新研究を網羅する記事ではありません。
  1. Caltech|Physicists observe wormhole dynamics using a quantum computer

    研究機関の発表、2022年11月30日。本文を確認。実験の概要と、実際の時空の穴を作っていないという説明を参照。

  2. Jafferis et al.|Traversable wormhole dynamics on a quantum processor

    原論文、Nature(2022)、DOI: 10.1038/s41586-022-05424-3。書誌情報を研究チームのページで確認。出版社本文は取得できていないため、この記事の実験解説は次の著者解説に基づく。

  3. 研究チームの解説・Q&A|Wormhole2022

    著者側の一次解説。本文・Q&Aを確認。量子系の構成、重力との対応、解釈の限界を参照。

  4. Gao, Jafferis & Wall|Traversable Wormholes via a Double Trace Deformation

    理論論文。2016年プレプリント、JHEP掲載2017年。要旨と書誌情報を確認。特定条件下の通り抜け可能性と、因果関係を破れないという範囲を参照。

  5. Kobrin, Schuster & Yao|2022年実験へのコメント

    2023年のプレプリント。要旨を確認。簡略化されたモデルの重力的な解釈への異論を参照。

  6. Jafferis et al.|コメントへの応答

    2023年のプレプリント。公開応答本文を確認。実施した手順での解釈を支持する著者側の応答を参照。

更新記録

— 顔のないキャラクターの4コマを追加。紙で近道を考えるたとえから量子実験へつなぎ、実験で測ったこととその解釈を分けて説明。

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